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岡山地方裁判所 平成3年(ワ)162号 判決

福岡市〈以下省略〉

本訴原告兼反訴被告

東京メディクス株式会社(以下「原告」という)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉田卓

広島市〈以下省略〉

本訴被告兼反訴原告

Y(以下「被告」という)

右訴訟代理人弁護士

河田英正

主文

一  原告は被告に対し、金二二二万円及びこれに対する平成三年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の本訴請求全部及び被告のその余の反訴請求を棄却する。

三  この判決の一項は仮に執行することができる。

四  訴訟費用は、本訴、反訴を通じて三分し、その二を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求上の請求

一  本訴

1  請求の趣旨

被告は原告に対し、金三一七万〇三三五円及び内金三一一万八二〇〇円に対する平成三年四月六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  請求の特定

原告と被告との後記金先物取引委託契約(以下「本件契約」という)に基づく差損金等の支払請求権(遅延損害金は差損金、手数料についてのみ)

二  反訴

1  請求の趣旨

原告は被告に対し、金三三三万円及びこれに対する平成三年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  請求の特定

原告による本件契約の勧誘、締結等が被告に対する不法行為であることに基づく損害賠償請求権

第二  事案の概要

一  原告は、東京工業品取引所に所属する商品取引員であり、顧客から右取引所における上場商品の売買の委託を受け、自己の名をもって右売買をなすことを業とする株式会社である。

被告は、本件契約締結当時、岡山市内に居住する満二六歳の独身男性(工業高校卒)で、aホーム株式会社にモデルハウス店長代理として勤務し、年収約金四三〇万円を上げていたものであるが、商品先物取引の経験はなく、本件契約が初めての取引であった。

二  原告と被告は、平成三年一月九日、被告が原告に対して同取引所における金の先物売買取引を委託する旨の契約を締結し、同日、原告は、被告から委託証拠金三三三万円の預託を受けた。なお、右預託金は、被告の銀行預金一五〇万円位と実父の交通事故保険金から拠出されている。

三  本件契約による取引結果は、別紙貴金属取引明細記載のとおりである。

四  本件は、右取引結果に基づき、原告が被告に対し、被告の取引差損金四八四万円、手数料金一六〇万八二〇〇円、取引税金三八八九円及び消費税金四万八二四六円、以上合計金六五〇万〇三三五円から預託済委託証拠金三三三万円を控除した残金三一七万〇三三五円の支払を求めるのに対し、被告が、後記のとおり、原告による本件契約の勧誘、締結等が違法であると主張し、信義則違背を理由として右支払を拒絶するとともに、不法行為に基づく損害賠償として、右預託済委託証拠金相当の金三三三万円の支払を求める事件である。

第三  争点

一  被告の主張

1  金先物取引は、将来の金価格がどのように変動するかを予測する投機行為である点にその本質があり、しかも、取引方法が専門的かつ複雑である上、価格変動の要因が多岐にわたるためその予測が困難であるなど相当に高度な知識と経験を必要とし、一瞬の判断の誤りにより多額の損失を被りかねない極めて危険な取引である。

2  ところが、原告従業員であるBは、独身かつ若年の一サラリーマンであって余裕資金も無く、およそ先物取引に関して適格性を有しない被告に対し、「今が買い時で間違いなく利益が上がる。」「仮に損失が出ることがあっても、一定金額しか発生しない。」などと申し向け、その取引方法や投機性、危険性につき充分な説明をしないままに本件契約を勧誘、締結したものであるばかりか、具体的取引に当たっても、原告は、別紙貴金属取引明細に明らかなとおり、取引開始翌日の平成三年一月一一日には委託証拠金三三三万円による取引限度一杯まで建玉し、同月一七日、一八日には買と売とを両建するなど過剰な取引をし、また、それぞれの取引に関して法の要求する被告本人の指示によらない注文をするなどの違法な行為に及んだものである。

3  したがって、原告による右一連の行為は、商品取引所法その他の法規による一般投資家保護の趣旨を没却するものとして不法行為を構成するというべきであり、同時に、右不法行為を犯した原告において本件契約に基づく差損金等の支払を請求することは、信義則上到底許されることではない。

二  原告の反論

1  被告は、aホーム株式会社の店長代理で、年収約金四三〇万円、雑誌「日経マネー」等も読んでおり、資金力、理解力からみても先物取引の不適格者ではないし、Bも、当時の湾岸戦争等の国際情勢から金が値上がりする見込みを述べたに過ぎず、被告主張のような話はしていない。事実、損失が生じることも話しているのであって、その際、利益は限度がないが、損失は一定金額しか発生しないなどといった非常識な説明をするはずはない。

また、Bは、原告発行のパンフレットを被告に交付した上、これに記載された「商品の先物取引の危険性について」欄を読み上げて先物取引の投機性、危険性について充分な説明をしているし、Bの上司であるCもまた、原告岡山支店に来店した被告に対し、同様の説明をしている。

さらに、一月一一日の建玉はなんら取引制限に違反するものではないし、同月一七日、一八日の両建も、相場が暴落した状況においてなされたものであるから不合理ではない。まして、原告が被告本人の指示によらずに取引をした事実は全くない。

2  なお、仮に本件契約の勧誘、締結等が不法行為になるとしても、原告は、右事情による過失相殺を主張する。

第四  証拠 本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  被告の主張1は、弁論の全趣旨により明らかであり、これに加えて商品取引所法その他の法規による一般投資家保護の趣旨に鑑みれば、原告は商品先物取引に未経験な被告に対し、その取引の仕組と投機性、危険性につき、仮初めにも被告が誤った認識からその意思を決定することがないよう充分な確認と説明を施した上で本件契約の勧誘、締結をすべき義務がある。

しかるに、被告は、後記認定のとおり、委託証拠金の約半額以上に損失が生じることはないとの誤った認識から本件契約を締結したものであり、この点、少なくとも被告の右認識を正確に把握し、これを是正すべく充分な説明をしなかった原告には、右義務違反を犯した違法があるというべきである。すなわち

乙一号証の一ないし七、被告本人尋問の結果及び証人Bの証言によれば、原告岡山支店営業主任であるBは、平成三年一月九日午後三時ころ、被告の当時の自宅を訪ねて本件契約の勧誘をしたが、その際、自ら同号各証である便箋に数字、文字、図等を書き込みながら先物取引の仕組を説明したこと、一方、被告は、右説明を受けた後、復唱、確認の意味で赤ボールペンにより自己の認識したところを右便箋に書き加えたこと、ところが、追証制度の説明に関する同号証の六には、Bによる「元本の半分以上のマイナスが生じた時」、「半分以上のマイナス」、「-56円」との記載があるほか、右「-56円」との記載の下に被告による「最低限の損失」との記載がなされていること、これに関し、被告は、五六円(一グラム当たり)以上の価格変動により損失が出た場合であっても、取引所により自動的に取引停止となり、価格が再度五六円幅まで回復するのをまって処分すればよく、したがって、委託証拠金一一一万円による一〇枚(一〇キログラム)の取引であれば、五六万円が最大限の損失となるとの取引の仕組、損失に関する誤った認識から右「最低限の損失」(但し、五六円以上の価格変動により生じた損失についてその最低限を云々することは意味をなさないから、最大限の損失との趣旨と理解される、なお、「最低限」を追証を要しない最低限と理解するのは「損失」との字義に反するし、他に「最低限」を生かして解釈する途はない)と記載したものであること、そして、被告は、かかる誤った認識のもとにその後原告岡山支店に赴き、本件契約を締結するに至ったこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証人Bの証言は、前掲乙号各証及び被告本人尋問の結果に照らして採用できず、また、証人Cの証言中には、九五円の価格変動により委託証拠金が全部なくなる旨説明したとの部分があるけれども、これもまた右各証拠に照らして採用できない。

そうだとすれば、前記のとおりに投機性、危険性が極めて高い先物取引に当たって、その取引の仕組、とりわけ、被告に生じ得べき損失という根本的に重要な事項に関し、被告の認識内容、程度の正確な把握と必要に応じた是正を怠った原告に義務違反があったことは明らかであり、これがまた不法行為を構成するものであることも論をまたない。

よって、被告の主張2、3は、右の点において理由があるから、その余の点につき判断するまでもなく、本訴請求に対する信義則違背との抗弁及び反訴請求にかかる不法行為責任成立との請求原因につきいずれもこれを正当と認めることができる。

二  過失相殺については、甲三、四号証、七、八号証の各一、二三号証及び証人Bの証言により、原告の反論1中段のパンフレットが被告に交付され、これに商品先物取引の危険性について一応の記載がなされていることが認められること、その他被告の年齢、学歴、職業等を総合考慮すると、被告においてもなお前記認識に疑問を抱き得たはずと認められる。そこで、被告の損害のうちその三分の一を過失相殺として減額するのを相当と認める。

三  よって、本訴請求は、全部失当であるから棄却し、反訴請求は、預託済委託証拠金三三三万円の三分の二である金二二二万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である平成三年一月一〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却し、仮執行宣言につき民事訴訟法一九六条を、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近下秀明)

〈以下省略〉

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